頑張るのは君だけじゃない!−「やればできる」の落とし穴−
短期間に限界に挑戦する努力、例えば、100キロマラソンを完走する、 1日15時間の勉強を1週間続ける。これを“微分型努力”と呼ぶことにしましょう。
一方、長期間ある事柄を続ける努力、1日1キロ走ることを100日間続ける、 1日3時間の勉強を3年間続ける。 これは“積分型努力”です。
大学受験に適しているのは“微分型努力”、“積分型努力”のどちらでしょうか?
そう、“積分型努力”です!学力が定着するには、時間と反復が必要です。誰でも経験したことのある“微分型努力”の典型「一夜漬け」の効果を考えれば分かりますね。“微分型”ではすぐに抜けてしまう知識にしかならないのです。
この2種類の努力についての認識不足のせいで失敗する受験生を多く見てきました。
「クラブ引退してから挽回します」「夏に大躍進します」。とりあえず彼をキリギリス君と呼んでおきましょう。
一方、高3の4月の時点でキリギリス君と同じ能力であったアリ君はコツコツ1日3時間の勉強を続けます。
キリギリス君の言い分はこうです。「アリ君が高3の4月から6月まで3時間勉強していたのなら私は7月から一日6時間勉強します。そしたら9月には挽回できるじゃない!」
確かに勉強時間でみると挽回できてるように見えますね。
- 7月の時点でアリ君の能力はキリギリス君と同じなのでしょうか?そんなわけは無いですね。アリ君の能力は当然上がっています。アリ君の3時間 の勉強とキリギリス君の6時間の勉強では、ヘタをするとアリ君の3時間の方が多くのことを学習し、
さらに先に進んでしまう可能性さえあります。
継続した3ヶ月の学習はそれほど効果的なのです。
- アリ君は解ける問題も多くなり、成績も伸びてるでしょうね。なのに、勉強時間はず〜と3時間なんでしょうか?そんなわけありません!
勉強の辛さというのはある程度できるようになるまでで、そこを乗り切った生徒はむしろ楽しみ、さらに勉強すればするほど出てくる危機感も
手伝って意欲的に勉強を継続していきます。当然それにつれ勉強時間は増えますよね。
アリ君が7月の段階で一日9時間勉強していたとしたら…キリギリス君は彼に勝てる要素はなにもなくなっちゃいますね。
スタートで出遅れてしまったキリギリス君の「死ぬ気で頑張ります!」この言葉は何十回も聞いてきましたが、言葉どおり歩くこともままなら無いほど頑張ったキリギリス君を見たことがありません。スタートから順調なアリ君の場合は『頑張ってるなぁ』って思う事はありますけど…
キリギリス君に一言。「死ぬ気で頑張る」のは貴方だけじゃないんです。
現実を知ったキリギリス君はアリ君と同じ志望校は諦め、志望を下げます。ただ、その志望校に向かう道も平坦ではありません。
キリギリス君に限らず高校生の頭の中には「やればできる」という言葉があると思います。「“やれば”できるようになる」この言葉はもちろん真実です。ただ、ここにも彼の盲点があります。
「“やれば”できる」とは“今やっていない”生徒用の言葉です。
そして、「やっていない」生徒にとって継続して「やる」ことが一番難しいことなのです!
成績を伸ばし、志望校に合格することの大きな壁の一つが、根気よく「やる」ことの難しさなのです。「地道に続ければわかるようになって成績も伸びる。志望校にも合格できる」とは誰でも頭では理解していることだと思います。しかし、それを実行することは案外難しいことなんです。逆に言えば、成績を伸ばす、志望校に合格するために必要なのは「継続してやる」ことのみなのです。
では「やる」ためには何が必要なのでしょう。もちろんそれは人によって異なるでしょう。たとえば、「(志望校などの)目標を持つこと」などが挙げられると思いますが、目標というものは見つけようとして見つかるものではありません。また、「見つかったときには高3の夏だった」というのではその目標達成の可能性は限りなく薄くなってしまいます。
やはり、高3生は勿論のこと、高1・高2生のうちから将来見つかるであろう目標に向けての「やる」練習をしておくべきだと思います。私たちの経験から言うと、高1〜3生すべての学年に共通して、「今までやらなかった」生徒が「やる」生徒に変わる最も多くのきっかけは、彼(彼女)が「自分はやればできる(ようになる)」ことを実感することです。
周り(親・先生など)から100回の「やればできるからやりなさい」を聞くよりも、一度、今までより少しだけでも勉強して、その結果「勉強が分かった」「テストでいい点を取った」また、点数には結びつかないまでも「テストのときに今までより書けた」でもいいでしょう。自分自身が「やった」ことによる「少なくとも今までよりは進歩した」という達成感・満足感、そしてそこから生まれる自信―これが自主的に「やる」生徒になる第一歩だと思います。
つまり、「やる」人間になるためには、まずは一度「やる」ことが必要である、ということです。
この文章を読んでもらったのも1つのきっかけです。明日から「やる」努力を始めてください。
最後に受験生の皆さん、一日を振り返って「あ〜今日はよく勉強した」(他人がどう言おうと関係なくご自分にとって)と思えますか?
もし、思えなければ、一日も早くそう思えるような受験生活を過ごしてください。だって、そのような毎日を送っていなければ、一年後不本意な結果になった場合後悔すると思いません?
というよりも、一年間毎日「今日はよく勉強した」と思える受験生が不本意な結果に終わるはずが無いと信じたいです。
このような一年間を過ごした者こそが、「先生受かったよう…」と人目もはばからず泣けるのだと思います。 あの涙と笑顔を見るたびに塾講師をやってて良かったと感じます。
受験生の皆さんにとっては、自分の努力で自分の夢を掴むという人生にとって非常に有意義な1年間だと思います。 どうか頑張ってください。
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