現行課程(新課程)での物理学習上の問題点

入試物理=物理 II である

過去の指導要領改訂では物理はさほど大きな変更はなく,過去20年ほど中学・高校物理の教科書は似たようなものでした。BESTではないかもしれないが,とりたてて悪いところもなく,大学に入ってからより高度な科学を学習する上での基礎を身につけることができたと思います。
しかし,新課程になって物理教育は崩壊しました。 高校物理の旧課程からの主な変更点は以下のとおりです。

  1. 『運動量と力積』が物理 I から物理 II に配置換えになった。
  2. 中学内容であった,ソレノイド(電磁石)やフレミングの法則などの磁気の基本が 物理 I に持ち上がった。
  3. 『電気のクーロン力』,『点電荷の作る電界・電位』,『コンデンサ』など,電気の基本が物理 I から物理 II に配置換えになった。
  4. 物理 II で『物質と原子』(熱力学,半導体回路など)と『原子と原子核』(光電効果,水素モデル,核反応など)は,いずれかの選択履修になった。

新課程の欠陥を一言でいうと,これまでの小学・中学内容が物理 I に持ち上がったため,旧課程までで学習していた「高校物理」の大切なことがらのほとんどを物理 II で学習することになってしまったことです。
入試物理(センター除く)に必要なことで物理 I で学習するのは,「力学」の一部(等加速度直線運動,運動方程式,力学的エネルギー)と「波」だけで,入試の主要出題単元である「力学」の運動量,円運動,単振動・万有引力,「電磁気」,「熱」は物理 II になってしまいました。 『入試物理(センター除く)=物理 II 』と言っても過言ではありません。

物理の授業数は多い学校でも週3コマ程度であることなども踏まえると,指導要領通りに高校3年生から物理 II を始めていては,その分量の多さのため全単元の学習の終了が遅れ,最も必要であろう入試問題演習の期間が短くなる(もしくはできない)ことが予想されます。

また,従来の小学・中学内容を高校に先送りしたため,物理 I の第1章で電気の一部のみを学習するなど,指導要領の学習配列には非合理的で無駄が多く,かつ,物理体系の統一的理解の妨げにすらなってしまいました。

このような状況ゆえ,公立高校における対応は学校によって様々なようです。私達が知っている例をいくつかあげますと,
A高校では,高校1年で講義名は『理科総合』として,教科書も理科総合が渡されますが,授業の内容は「物理 I 」「化学 I 」です。高校2年では講義名は『物理 I 』ですが,内容は物理 II で,3年では入試問題の演習を行っています。
B高校では,1年では『理科総合』を学習していますが,2年の1学期と2学期前半で 物理 I の学習を終え,2学期の後半から 物理 II の授業を行い,3年の2学期前半までに物理 II を終えています。
C高校では,1年で『理科総合』,2年と3年1学期で物理 I と II ,3年2学期以降で問題演習を行っています。2年での学習は指導要領の配列は無視して,力学の I + II を学習してから電磁気の I + II ,次に波というように,「高校物理」ととらえています。
D高校では,先取りすることなく,文科省の指導要領通りに1年で『理科総合』,2年で『物理 I 』,3年で『物理 II 』を学習しています。

D高校のような進度では, 特に演習量の差が理解度に大きく関わる物理において,入試までに十分な演習をすることが出来ませんので,学校で習う前に“独習”で学習を始める必要があることは言うまでもないでしょう。また,A高校やB,C高校のように学校が先取り授業を行っていたとしても,それだけ1回の授業内容が濃いわけですから,知識を定着させるために,各自で復習(独習)することは必要不可欠であると思います。

物理初学者が独習に使える参考書がない

さて,そのような独習に用いる教材ですが,物理教材に要求されることは次の2点に要約できると思います。

  1. 原理・公式の導出過程が「物理体系の理解を促す」立場から書かれていること
  2. その原理・公式を具体的にどのような局面で使うのか,また,どのような局面では使ってはならないのかがその理由とともに説明されれおり,問題の難易度順に学習できること

実は,私達は新課程が施行されたときには次のように軽く考えていました。「参考書なら,弊害だらけの新課程に付き合う必要はないので,新課程になっても本屋で購入できる初学者向けのものはたくさん出版されるだろう」とタカをくくっていました。「この教材で勉強しなさい」と指示すれば大丈夫な教材がある。と信じていました。


ところが,新課程が施行されてから2年経ったときに大型書店で調べてみたのですが,現状は酷いものでした。
初学者が一から独学できるような参考書は,『理解しやすい 物理 I ・ II 』と『チャート式新物理 I 』『同 II 』のみという有り様でした。しかも,どちらも新課程配列を守っており,内容もただ公式を紹介した程度のもので,上記(1)の物理の体系を理解するために使う教材としては,とてもお奨めできるものではありませんでした。 (2)についてはほとんど触れていません。

受験用教材 (精選問題集など)についてはある程度良いものが出揃っていましたが,入試問題の演習という目的ゆえ,(1)についてはほとんど書かれておらず,(2)の学習が中心となるのですが,収録されている問題は標準レベル以上で,基本レベルの問題は収録されておらず,初学者向きではありません。

物理を一から独習するには,(1) はもちろんのこと,(2)のために基本的な問題を演習することが欠かせないのはいうまでもないことですが,そのような参考書が1冊も出版されていなかったのです。この状況は現在も変わっていません。

例えば,「高さ h から質量 m の物体を自由落下させたときの地面における速度 v を求めよ」という問題は基本であるだけに,少なくとも4つの考え方で解けないと物理体系を理解したことにはなりません。我々は独習用教材というものは,初学者がその教材で学習すればその4つの考え方が身につき,実際の入試問題ではどの解法が最良かまで判断できるようになるというレベルを要求しますが(物理体系を理解したとはそういうことですから当たり前ですよね),現状ではそのような教材はないのです。

そこで,我々は初学者が一から独習できるようなオリジナルの教材を作ることを決意したのですが,全単元の完成に何年かかるかは著者である我々にも予想できません。
我々がその教材を完成する,もしくはどこかの出版社がそのような参考書を出版する時がくるまで,現行課程で学習せざるを得ない今の高校生に最善の学習プランを提案する。それがこのHPの目的です。

問題を演習することで理論の理解をする
物理を独習するには
  1. しっかりした理論の理解
  2. 基本問題を解くことで,理論の確認
  3. 標準問題を解くことで,理論の適用の仕方(物理の考え方)を身につける
  4. 学校の授業は復習感覚
という流れに沿った学習が理想なのですが,最初の1歩の教材がない現状では
  1. 理論の漠然とした理解
  2. 基本問題を多く解くことで,理論の概要の理解
  3. 標準問題を解くことで,理論をさらに補強し,かつ物理の考え方を身につける
  4. 学校の授業で,理論の修正

という流れしかないように思います。基本問題・標準問題を多く解くことで,理論的理解を少しでも強く補完しようという学習法です。

『高校物理の自習室−Eureka』では,初学者の導入(STEP1)には
1. の学習に,「物理教室」(河合出版)の本文
2. の学習に,「物理のエッセンス 【力学・波動】」(河合出版)+「物理のエッセンス 【電磁気・熱・原子】」+「新体系物理 I ・ II 」(教学社)
    または,「らくらくマスター 物理 I ・ II 」(河合出版)+「新体系物理 I ・ II 」(教学社)
3. の学習に,「物理教室」の例題
を用いた物理の独習法を提案しています。

物理の学習は「力学」から

物理だけでなく,新課程では数学も改悪されてしましました。従来の中学内容であった,1次不等式や2次方程式の解の公式や初等幾何などが高校に先送りされました。多くの高校数学指導者は,それらは高校数学以前の高校数学を学ぶための『常識』であると考えています。また,今数 I で学習する展開や因数分解,√計算なども,10年以上前の課程では,やはりそのほとんどを中学で一度終えており,それらも高校数学以前の『常識』であると考えている指導者も多いです。本当の高校数学は2次関数から始まるのです。2次関数が,指数・三角・対数・3次関数などの高校数学の他単元の基礎となることは,数 II まで学習を終えている方には理解いただけると思います。

これと同じことが物理にもいえます。
物理 I の「私たちの暮らしと電気」で学習する内容は,旧課程では小学校・中学校で学習が終わっていた内容であり,高校物理以前の『常識』です。
例えば物理 I の「私たちの暮らしと電気」では『直線電流の作る磁界』について,直線電流は周りに磁界を作り,その磁界の大きさは直線から遠ざかるほど小さくなるということを学習しますが,物理 II では,その大きさは H=I/(2πr) であることを学習します。 『物理』とは,宇宙のさまざまな現象を数式で記述した体系のことですから,「直線から遠ざかるほど小さくなる」だけではとても『物理』と呼べる代物ではありません。そんなことは物理以前の常識です。H=I/(2πr) と数式で記述して初めて『物理』となるのです。

『物理 I 』の「わたしたちの暮らしと電気」は上記の意味で『常識』ですので,教科書を読むだけで十分です。1時間もあれば読み終えることができるでしょう。もしも,知らないことが書かれていたら,小学・中学の義務教育で,現代技術文明社会の一員としての常識を教育されなかったということですが,それは貴方達の責任ではなく,教育行政の責任です。現代文明人の常識として,そういう物理現象があるということを知っておいてください。「私たちの暮らしと電気」に書かれているいろいろな現象は,物理 II で数式で記述された『物理』として改めて学習することになります。

高校数学が「2次関数・2次方程式・2次不等式」から始まるように,高校物理は「力学」からはじります。力学で学習することがらは,2次関数が指数関数などの土台となるように,「力学」は「電磁気」や「熱力学」などの他単元の土台となります。
「力学」では物体に力がはたらいたときに,その物体の運動をどのように解析するかを学習するのですが,電磁気では物体に電気力や磁力がはたらいたときの運動の解析,熱力学では気体分子にいろいろな力がはたらいたときの運動を解析します。力学がそれらの土台となることは自明ですね。

この土台がしっかりしていないと,いくら電磁気や熱力学の勉強を進めたところで,すぐに崩壊してしまう砂上の楼閣となってしまいます。力学は物理の土台であるからこそ,それだけ理解するのに多くの勉強量が必要となります。 時間に限りのある入試勉強においては,1日でも早く「力学」で物理の考え方の土台を身につけることが大事であると私達は考えます。

理系としての常識を身につけよう
新課程では「原子・分子の運動」と「原子と原子核」が選択になりましたが,入試制度としては,光の粒子性や電子の波動性を全くしらなくても物理学科や電子工学科に合格できるようになりました。とても信じられないことです。悪いことはいいません。大学に入ってから困らないように,何学科を志望していても大学入学後のことを考え,両方とも勉強しておきましょう。数十年前に理科系の大学で学んだ「先輩」としての忠告です。